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はじめは
我が合気道部は、近畿大学医学部創設当初から創部された伝統ある部です。
昭和49年医学部創設の翌50年(1975年)、
1期生の太田善夫(現OB会長、近大奈良病院臨床検査部教授、 近大医学部同窓会会長)と
2期生・大里佳之の、当初二人で同好会として発足後、"部"に 昇格されました。
☆当時の写真
創部。
創部時から昭和53年まで、二人の所属する大阪狭山「和合館道場」に部も所属し、
"体捌きの合気道"を教えて頂いていました。また西医体に参加出場する事が、医学部の"部"としての必須条件であり、
そこでの活躍が予算にも繋がることでもあった為、当初より西医体への参加は積極的で、
初めて参加した久留米大会に於いても入賞していました。
☆当時の写真
西医体。
部員数も順調に増えて(この頃は看護学生部員も多く所属)、昭和53年、初の西医体主催を近大本学・記念会館で
無事終えた頃より、「もっと学生合気道を、グローバルに考えて行きたい!」「もっと実践的・もっとパワフルに、
修練したい!」という気運が高まり、山本喬生顧問にも相談に乗って頂き、部は昭和54年より、
関西の多くの大学生合気道部が傘下に入っていた「大阪武育会本部道場」の小林裕和主席師範・中井康博師範(部監督)に
師事させて頂くことにしました。
小林師範・中井監督・溜池コーチに教えて頂いた、スポーツ科学の世界で言う"コア(腰椎や骨盤等のカラダの中心)で
動く"姿勢と捌きの合気道習得は難しいものではありましたが、とても魅力的で皆がハングリーに練習に打ち込んだものでした。
昭和63年9月29日に中井師範、平成10年8月28日に小林師範が相次いでご逝去され、
大きな心の支えと教えを失った部・部員でしたが、溜池永和師範に部の師範を引き継いで頂き、
現在まで絶えまぬ指導を頂いています。
☆当時の写真
現在、そして…
現在(平成15年夏)では、溜池師範の"愛と和の合気道"が浸透し、現役部員総数30名。
西医体合気道部門でも最高部員数を誇り、今日まで5度の団体優勝等の立派な成績をあげるまでに至りました。
大阪武育会本部での演武大会にも出場し活躍しており、更なるレベルアップ、更なるマンモス部に、
成長を続けて欲しいと期待しています。
☆当時の写真
追記
昭和58年にはOB会『精気会』も発足しており、現役への支援や各記念行事も遂行しており、
溜池師範傘下の支部道場・大学で開催する「大阪南武育会演武会」も支援しています。
平成 6年11月「創部20周年記念」(南海サウスタワー)
平成 8年10月「溜池師範の還暦を祝う会」(パンジョ)
平成12年10月「太田OB教授、三島OB助教授就任&4度目西医体優勝記念」(滝谷・二葉)
平成16年09月「創部30周年記念」(スイスホテル予定)
など。
<文責 大里佳之>
